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サイズ | 幅 約65cm × 奥行 約35cm × 高さ 約27cm |
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1966年、愛知県蒲郡市生まれ。生家は二代にわたる人形師の家系。
祖父に雛人形師・ 三喜恒照、父に雛人形師・三喜朱月、また、伯母に女流雛人形師の清水久遊をもつ。
大学卒業後、生家に戻り、人形製作の数々 の経験を父朱月に師事し体得す。2009年節句人形工芸士認定。
平成21年、中部人形節句品コンクール会長賞、平成23年、中部人形節句品コンクール名古屋市会議長賞を始め入賞多数。
令和3年「名古屋節句飾」経済産業大臣指定伝統的工芸品指定。
祖父より代々継承する家伝の技を駆使し、伝統技術と現代感覚の融合を常に意識し、洗練された衣裳着人形の製作に精進を続けている。
衣裳着ひな人形の魅力の一つに「衣裳の華麗さ・優雅さ」が挙げられます。
ひな人形のサイズに比例して衣裳も大きくなり、より一層和柄が映えて質感や美しさが際立ちます。
衣裳着の正統派本造りを信条とし、西陣袋帯大等の京呉服を素材とするこだわりのひな人形を職人の手作業で日々、丹念に作り続けています。
<ひのおまし>
お雛様の殿と姫が座っている親王台とい う畳台の実物。京都御所の中にある歴代天皇陛下がお座りになっていた御座。
増村人形店では、現在では変色していまっている京都御所の正式な繧繝縁の色彩を京都で250年以上続く金襴商「誉勘商店」に復元してもらい、それを基に昼御座を製作し、 親王台に採用しています。
京都御所 清涼殿 昼御座(縁まで京都御所の実物を忠実に再現。)
京都御所・清涼殿にある「繧繝縁(うんげんべり)」と呼ばれる最も格の高い畳縁の厚畳二枚を敷いた玉座。天皇が出御されて勅裁などが行われた。
一般的な親王台は黒の枠や畳一枚の仕様は若干簡素化されたものである。
京都西陣織「誉勘商店(こんかんしょうてん)」
初代誉田屋勘兵衛が没したのが1761年という記録が過去帳に残り、創業は江戸宝歴年間前と伝わる。
現在の当主松井幸生は13代目にあたり、250年以上受け継がれた伝統、業績を忘れること無く日々研鑽を怠らない。
250年以上もの時が流れようとも、正絹しかも西陣織という“Made in 京都”にこだわり続ける、京都を代表する金欄専門店。
250年の歴史の結晶であるこの金欄を惜しげもなく使った雛人形、五月人形を直に御覧になってみてください。
その光沢、風合いは貴方の視覚を存分に楽しませ、肌触りはあなたの常識を易々と超えるでしょう。
京都西陣織「大嶋金襴(おおしまきんらん)」
最高級正絹西陣織に特化した金襴商。昭和58年、実父である大嶋喬が1800年代後半より続く京都の老舗金襴卸問屋で約30年勤めた後に独立し「大嶋金襴」を設立。
現代表の大嶋浩之は二代目。その納品先は著名人形職人のみならず、本山級神社仏閣、人間国宝級刀匠など多岐に渡る。
本金や手織をはじめとする最高級正絹西陣織に特化した金襴商。
<黄呂染>
禁色(きんじき)とは、天皇を頂点とした国家体制の確立を目指す中で、下位の者が身に着ける事を禁じられた色、衣服をさします。
青、赤、黄丹、支子、深紫、深緋、深蘇芳そして黄櫨染、?塵(麹塵)が禁色であり、その中でも黄櫨染は天皇のみが着用を許された絶対禁色。
そしてその正確な染色法は、この令和の時代でも一般に知らされてはいません。
櫨(はぜ)の木に含まれる黄色と蘇芳色の赤を掛け合わせた、今で言う黄土色に似た色の生地に天子専用の文様である 桐竹鳳凰麒麟文様を織り出した御袍は、現代においても「即位礼正殿の儀」等の皇室における最重要の儀式においても着用されています。
光の当たり具合によって様々な色を楽しませてくれるとされる黄櫨染。
その中でも最たる色は、太陽光に照らされた時のものであると言われており、御殿から出た天皇陛下が太陽の光に照らされ、 色の変わり行く黄櫨染を身にまとったその御姿は、人々の目にさぞ神々しく見えたことでしょう。
< 京製本革 清水焼石帯 >
束帯装束(公家の正装)を身に着ける際のベルトの様な役割を果たす「石帯(せきたい)」。
雛人形の殿の腰の部分に巻かれていますが、ビニールにプラスチック、海外製のものがほとんど。
最高級は京製の本革に京都清水焼の石(緑色)が付いたものになります。
< 片岡屏風店 > 東京で唯一の屏風専門店
1946年東京墨田に創業以来節句用、ホテル式場用、装飾用など屏風を専門に製造。屏風博物館の運営や、屏風づくり体験など屏風の文化継承や屏風の普及活動にも尽力している。
日本の伝統美を今に伝える屏風製作会社。
自然木 正絹
芳華流 桜橘御殿花